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喪中・年賀欠礼状(喪中はがき)の準備の季節

喪中・年賀欠礼状(喪中はがき)は、1年以内に近親者に不幸があったときに、年賀状の交換を辞退する旨を伝える書状です。 必要のあるかたはそろそろ準備を考えている頃でしょう。

●いつまでに?

年賀状を準備する11月中頃から12月初めに届くようにしましょう。 遅くても、年賀特別郵便取扱が始まる前には届けましょう。

●誰に?

喪中・年賀欠礼状(喪中はがき)は年賀状を出せないお知らせですから、毎年年賀状の交換をしている方々に出します。 喪中であることを先方が知っていたとしても、欠礼状の主旨からすると出した方がいいでしょう。

●喪中はがきが届いたら

喪中はがきを頂いた場合は、もちろん年賀状はだしません。喪中であることを知らなかった場合は、1月7日過ぎ(松が明けた後)、寒中見舞いなどで書状をいただいたお礼とともに、お悔やみの言葉を添えて返信するとよいでしょう。

●喪中に年賀状をいただいたら

1月7日過ぎ(松が明けた後)に、寒中見舞いや挨拶状として年賀状に対するお礼と、喪中であったことを伝える返信をしましょう。「賀」などのおめでたい文字は避けます。日付は、投函日の日付を入れます。

●故人に年賀状が届いたら

亡くなった旨の連絡を差し上げなかった非礼をお詫びし、故人とのお付き合いに感謝する言葉などを添えた返事を出しましょう。1月7日過ぎ(松が明けた後)、寒中見舞いや挨拶状として送ります。

【豆知識】

喪中とは家族や親族が亡くなった場合に一定の期間を喪に服す意味ですが、「一定の期間」の基となるのは「服忌令(ぶっきれい)」です。 『服』は喪もに服すること、『忌』は期間を指し、『忌』の期間には出仕控え、魚肉を避け、髭や髪を剃らず、神仏の参詣をやめるなどしました。

明治7年に出された太政官布告の「服忌令」では、忌(忌中)と服(喪中)の期間をこと細かく定めています。(昭和22年に法令としては廃止されました。) 太政官布告の「服忌令(ぶっきれい)」はさらに元をたどれば、武家の忌服令に基づいています。

武家の忌服令とは、江戸幕府が親類・縁者が死没した際、喪に服する期間を定めた法令で、江戸幕府5代将軍徳川綱吉の時代1684年に制定し、のち数回にわたり改訂、明治の太政官布告にも受け継がれました。

明治の「服忌令(ぶっきれい)」では夫死亡時に妻が服喪する期間は十三カ月、妻死亡時の夫の服喪は九十日とあることに驚かされますが、これが法令として昭和22年まで存続していたことを思うと家制度、家督相続、男性中心社会はかなり根強いものだと想像されますね

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